直前になりましたが、告知です。

備中高松城水攻めの専門家として、テレビ取材を受け、説明を行いました。

『歴天~日本の歴史を変えた天気~』というBS朝日の番組で使用される予定です。

詳しくは、以下を参照ください。

  • 番組名:『歴天~日本の歴史を変えた天気~』(http://www.bs-asahi.co.jp/rekiten/)
  • 放送局:BS朝日
  • 放送日:2017年11月19日(日)21:00~22:54
  • テーマ:「備中高松城の水攻め」「日本海海戦」

備中高松城水攻めとは

1582(天正10)年、織田信長の家臣であった羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)は、現在の岡山県岡山市北区高松にある備中国の高松城(以下備中高松城)を攻めていた。織田方は、三万の軍勢に対して、毛利方に属する備中高松城は、清水宗治を城主とした五千ほどが立て籠もっていた。兵力差では圧倒的な差があったが、秀吉は攻めあぐねていた。備中高松城は沼地で囲まれており、鉄壁の防御力を持っていたからである。そこで、秀吉は奇想天外な作戦に出た。沼地という土地を逆手にとり、水攻めを行ったのである。『中国兵乱記』によると、基底9間(約16.36m)、高さ4間(約7.27m)の堤防を30町(約3.27km)築いて、足守川と長野川を引き入れて、備中高松城を水没させようとしたと言われている。